ロゴスの小径 〜心の空洞を埋める方法〜

やさしい「哲学」が世界観を変えます。「スピリチュアル」で幸せになれないような気がする方へ。

好きに生きよう。

ロゴスの小径へようこそ。

好きに生きよう。
例えそれが誰かの迷惑になる、とあなたが思ったとしても。
犯罪をおかさない限りは

だって私たちは生まれてから
ゆっくりと死んでいく

ただそれだけ。

好きに生きるために生まれた

という以外は
何もない。

このところずっと迷っていたことがあります。
それは
お金を稼ぐためのスキルを積むのをやめて

自分のしたいことをしていけるか、どうか。

人って
この
(仕事に限らず)自分のしたいことをして生きていけるか、という決断を
する人としない人の二種類に分けられる気がします。

好きに生きる人と
生きるために生きている人。

正解はありません。

ただ前者は強者ですよね。

白洲正子さんは
1歳になる子どもをおいて海外へわたり
好きなことを追い求めたそうです。

いい、悪い、という判断を
したくなりますか?w

ここで何かしらの「判断」してしまった人は
それは自分自身への言葉です。

その人がその人の人生を
好きに生きる。

まあ、現実的には子どもの面倒を誰かに見させるような
経済力などのファクターもあるにせよ

それを決断できるのか。

あ、もちろん子どもは一例ですよ。
子どものことだけではなく、です。

ええ、そうです。

だって子供が小さいから。
だってお金がないから。
だって今はよくても老い先が不安だから。
だって体が弱いから。
だって家族がダメだっていうから。
だって犬がいるから。w

あなたが好きに生きられないのはきっと
誰かの責任ですね。
あなたの責任は一ミリもないというのですね。

そう信じ込んで生きている人は
それでいい。

でも私は知っています。
あなたはそれは違う、と知っている。
だからこそできる。

心に空洞が。
誰かのせいにできれば
まるで空洞なんかないかのように暮らせるのに

それができない。

まずは
ファクターをはずしてみましょう。脳内で。

もし、子どもがいないなら?
(子どもがいても、好きに生きている人はたくさんいる)
もし、家族が賛成してくれたら?
(家族が反対しても、やりたいことをしている人はたくさんいる)

そして考える。

私は、死ぬ。必ず。
それまでに何をしたのか、ではなく

どれだけ生きたいように
好きに生きられたか、が
重要だと思えてなりません。

もちろん
何かを目指せば成功する、(この場合の成功、とは
自分の考える成功、で人それぞれ)という
わけではありません。

あきらめなくてはならないこともたくさんあるでしょう。

何もしないで。

よく、
失敗してもいい、挑戦することが大事、とかいう
キレイごとを聞きます。
失敗なんかしない方がいいに決まっているのに。

・・・と
ずーーーーーっと思ってきましたが
やっとその意味がわかりました。

結果はどうでもいい、とは本当にそうなんです。

いかに好きに生きたか
というだけが
それだけが

あなたがあなたの人生を生きた証。

ここのところ岐路に立っていました。
ずっと悩んでいました。

老後に向けw
確実に生きていける道をこのままゆくのか

好きに生きるのか。

これ、もうずいぶん悩んで
クリアしたつもりでした。
でもできていなかった。

好きに、生きよう。

好きに、生きていいんです。
それを止めるのはこの世で
自分自身だけ。

自分さえ許せば
人はどんな状況でも自由に生きられるそうです。


昨日の宣言通りw
今日は制作を再開しました。
泣けそうになりました。

未来は霧の中。
灯りをともすのは
自分を生きると言う決意。ただそれだけ。


いかがでしたでしょうか。
等身大でお届けしていますw
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