ロゴスの小径 〜心の空洞を埋める方法〜

やさしい「哲学」が世界観を変えます。「スピリチュアル」で幸せになれないような気がする方へ。

楽しいこと、ありますか?

ロゴスの小径へようこそ

先週愛犬と一緒に体調を崩したので
今週は自宅でじっとして過ごしたのですが

家には私と犬だけ。
食料を買い込んでだらだらと
日がな一日ゲームに費やしました。

若かりし頃w
ドラクエやFFに命を捧げたもんです。
仲間の死(ストーリー上で、復活できない)には
涙を流し。

あの感動をもう一度!w

しかし気付いてしまいました・・・
もうあのころのようにゲームでは泣けないことを。
そういえば映画でも泣けないし
小説でも泣けない。

なんといっても宮崎映画でも泣けないんですから
泣けるわけがないw
ナウシカは泣けたけど一回目だけだな・・・
同じものを見てももう泣けない。
つまりすごい昔の話。

唯一涙が出るのは動物ものですが、
本当に心が痛むので(年間何十万の動物が
食べられるため以外に殺されています・・・人間によって)
「楽しみ」にはできないし

年をとると感動が薄くなるのかな、と思ったりもしましたが
年をとると涙もろくなるとも言うしな・・・(でもこれは身体機能の問題)

いえ実はわかっています。
哲学を学び、現実とは何かを
人間の思考とはなにかを
ほんの少しでもかいつまんでしまったあの日から

私はスナフキンのようにw
感情の抑揚を無くし

それはとても生きやすいけれど
何かに夢中になることがなくなってしまった。
唯一「知識」への欲望以外。


現実もゲームも小説も大差ないですよ。
人生は眺めるように、小説を楽しむように生きろ、というのが
お釈迦様の基本的な見解ですしw

そもそも脳は騙されやすいようにできているので
(その方が生きやすいため)
現実と虚構の区別がつかないんです。

まあ、
このことについて今朝は深く思考したので
それについてはまた次回・・・


ちょっと今日は
ゲームに思いのほかのめり込めない自分に気づいたショックで・・・w

まあ、さっさと見切りをつけて次のゲームにかかりますけどね。
昔は攻略本まで見つつやっていたのに、
いまはそこまでのパッションが保てず。

つまり
やはりやりたいことを封印なんかすべきではなかったんです。

やりたいことをその時、
できる範囲でやる。(できる範囲、とは生活に支障がない範囲でw)


しかし、よくリア充、とか言いますが
けしてリアルが充実していないから、虚構の世界が楽しい、ということは
ないですね・・・

リアルが充実するような人は、虚構の世界も楽しめる人です。
小説読んでもドラマ見てもゲームしても楽しいに違いありません。
(やるかやらないかは別として)

私もそうだったのになあ・・・
リア充の典型みたいだったのにw

気付いてしまった

心の空洞に。
そして触れてしまった。
現実とは何か、に。

リアル(現実)だって虚構みないなもんです。
自分でこしらえた仮想空間と大差ありません。
(詳細は省きますがわかる人はわかるので・・・)

それを楽しめないことに気づいた私が
虚構の世界を楽しめるわけがない。

現実世界の虚構が落ち着かずに
現実とは何か、を唯一学問する哲学を学んでいると言うのに
虚構の世界で自分をごまかしてあとの人生を逃げ切ろうとしたなんて
なんて浅はかだったんだ。
そしてなんて酷い。

小説や漫画も再開したけどやはり寝る間も惜しんで、とはなりえなかったし
(昔は小説の読書に一日を捧げていましたw)

哲学仲間が最近、アニメをみるそうです。
彼女はものすごい量の読書をする人で
しかし多分私と同じ理由で
あとの人生をおもしろおかしく思い込むために
視始めたんだと思います。いつまで続くかな・・・w


やはりあとは
知識を拾い集めながら
生きていくしかないのかな。


もし、いま何かしら楽しいことを持っていたら
ぜひとことんやってください。(生活に支障のない程度で)

一時、フレンチやワインに凝って
ほんとーーーーーーーーーーーーーにお金つぎ込んでましたw
でもある時急に飽きたんですよね・・・

いまそれをしても多分楽しくない。
そのお金で違うことをしたい、と思うと思います。
だいたい一か月のレストラン代で大学の学費でるくらいは食べてたもんなあ・・・

でも、あの時楽しかったのは確かで
全く後悔はありません。

その時、本当にしたいことをしてきたことで
後悔することは、何一つないんだな、というのが
最近の私の思うところです。

それは日本では一般的には イケナイ とされることであってもです。

だって生まれて死ぬだけですよ?

したいことをしないで終われば
ゲームのようにリセットはできません。
セーブもロードもできないゲーム。それが人生なのですから。

乱文になりましたm(__)mが

ルサンチマン(恨み)とはこれです。

自分を騙せるほど楽しいことを
死ぬまでに見つけられるだろうか・・・

もしくは騙しきれずに哲学の道をこのまま進むのか。



いかがでしたでしょうか。
ついきのうまで人生の楽しみを見つけた!と
思い込めていた気の毒な私に
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