ロゴスの小径 〜心の空洞を埋める方法〜

やさしい「哲学」が世界観を変えます。「スピリチュアル」で幸せになれないような気がする方へ。

辛い時こそ力を抜け。

ロゴスの小径へようこそ。

辛いときこそ力を抜け。
無知な人ほど真実を知っている。
不幸な人ほど実は幸せなのだ。
努力しないことが成功するカギ。


どうです?
いい感じの言葉!
いいね! しちゃう!と思いました?


・・・
そうです、またひっかけです!www

これやると文句のメッセージがきたりします。
「人をからかって楽しいですか」とか来る!
・・・ひっかかっちゃったんでしょうねえ、それだけ怒るってw
そういう方はこの先は読まずにまわれ右してくださいね。

またひっかかっちゃった!もお〜〜〜!!と自嘲気味に笑えてしまう
私と同じあなたはぜひ、この先を一緒に歩いてくださいませ。


さて
その「いい感じの言葉」たち。
あなたにも簡単に作れます。

レシピをお教えいたしましょう。

矛盾するものを二つ並べればいいだけです。

というのを読んで、
実ははじめて作ってみたのですがいい感じでしょ?!

どこかで誰かが語っているのも入っていそうですがw

ちょっとやってみてください。
それっぽくできますから。

さて私も即興で。


別れこそ出会いの母
富は不幸を呼ぶ
成功しない事こそ成功だ
夢を見ない人こそ夢を実現する


ほらねほらね
それっぽいでしょ!

まあ、なかにはうっかり真実をつくような思想を根底に抱えた言葉も
できちゃうかもしれませんが

つまり

言葉遊びでしかないんですよ。

だからすぐに忘れてしまいませんか?

いい言葉だなあ、なんて思っても

いいね!
したらもう忘れてしまうw

いえ、もちろんそれが心に響いて
自分の人生の何かしらになっているならいいのですが

やたら「いい言葉」に いいね しまくる人をみると
その言葉、本当に心に残っているのかなあ?と
思わずにはいられません。
まあそれでもその人の勝手なのでどうでもいいといえばどうでもいいのですが

たまたま、
矛盾する言葉を二つ並べると格言のできあがり!の法則を知ってみると
そういう耳触りがいいだけのキラキラ言葉がおかしくて、

いえ実は
それをありがたがっている人がおかしくてしかたありません。

いや、おかしいと同時に羨ましい。
それで毎日新しいそれっぽい言葉をみつけて幸せな気持ちになれるなら
それでいいんでしょう。



先日、ゲームをしていたら
(そうそう、私が一日ゲームをしている、と思われる方もいるようですが
ゲームは入浴中とステッパーしつつ、以外はほぼしておりませんので
ご安心くださいw)

突然死んでしまいました。

それがあまりに唐突で、死んだことがわかりませんでした。
「まだ戦える」と
思ったきり

そこで終わって画面が真っ暗になり、
スタート画面に戻ってしまったのです。

え?え?なに?ゲームおかしくなった???
故障?バグ??


・・・
死んだ時ってなんとなく

「ああ・・・あのときこうすればよかったのに」
とか
「悔しい!なんでこんなことに!」
とか悲しい、とか。


死んだあとは

「なんで死んでしまったんだ」となげく仲間や
殺した敵は
「俺様の勝利だ」とかなんとか言っている

のをうっすら想像してしまっていたんですね。


でも違う。

実際の死は、まだ戦えるとか
まだ生きる とか
そう思ったところで終わりです。
あとは何も無いんですね。

うわあ・・・と思いました。
どんなにたくさんの 耳触りのよい今日の一言、よりw
考えさせられました。

言葉なんか発するまもなく思考もなく
そこで、突然終わる。

終われば悔しいも悲しいも何もない。
それが現実なんですよね。

としたら

自分のための 一言 とは

人は必ず突然死ぬ

これに尽きますね・・・・病気であってもなんであっても
突然死ぬに変わりはない・・・

こう書きつつもどこか他人事のように感じてしまっているのは
否めませんが

いつかわからないのに
突然死ぬからこそ

好きに生きる意外に何があるんだろう、と
思えてしまうのです。

好きに生きる、とはわがままに生きる、ではないですよちなみに。
自分は子どものために生きる、というのであれば
それがあなたの 好きに生きる ですし。

大好きな方法で生きる、ではなく

好きなように生きる

好きに生きる

だと思う昨今です。

それと照らし合わせたときに
どうしてもそこに符合しないこともあります。

私はそこをなんとかしたい。
もちろんなんともできないこともあります。
でも

なんとかできることもとても多い。むしろ
その方が実は多いのではないでしょうか。

だって突然死んだとして。
死後のこされたもろもろは、結局なんとなかるわけなので。

まあ、そこまで考えなくても
不必要な、馬鹿みたいなことを我慢して生きていたりするものですから人って。

死後は何もなく、人は必ず死ぬ、ということを

見たくない、でも
ここを直視することが哲学とも言えます。
(耐え切れない人は宗教へ)

私はそこを直視せずにはいられない。
ごまかしの言葉で蓋をかぶせて生きることができない。
(だからって幸せとか、偉いわけでもないのですが。)




いかがでしたでしょうか。
よかったら即興「いい言葉」作ってみてください!
けっこういい感じにつくれます。
どこかにアップすれば、そうとは知らずに
いいね!くれますよ誰かがw


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