ロゴスの小径 〜心の空洞を埋める方法〜

やさしい「哲学」が世界観を変えます。「スピリチュアル」で幸せになれないような気がする方へ。

匿名の批判

ロゴスの小径へようこそ。

ロゴ問題で賑やかな昨今ですが
こういう批判しやすい、一見するとわかりやすいニュースに
人はすぐに飛びつきますねー・・・賛否両論という意味で。

まあ、自分も以前はそうだったのですがw

こういう風に注目するニュースが流れるときは実は危険なんですけどね。
いろんな法案がこっそり通ったりしますから、というのは
過去の事実をみれば有名な話なので
皆さんもちろん気をつけ・・・てないですよね、
忘れちゃってますよねえ!!!


で、今回のデザイナーさんの事件でも(名前書くと検索で出てしまうと嫌なので)
なんつーか

こんな事件にならなければ
そのロゴがいいとも悪いともたいした反応はなかったですよね。

ニュースになってから大騒ぎ。
いいだの悪いだの。


一番わかりやすいのは、匿名で批判する人たち。
これは、ニーチェからオルテガあたりでもっとも批判されている
「小さい人」ですね。

宮崎監督の、もののけ姫でモロが
「神々はみな小さく馬鹿になってしまった」みたいなセリフを言いますが
小さい=ニーチェの末人の思想です。
まるで現代を言い当てているようでおもしろいですよ。

匿名で、あきらかに批判していいだろう(と皆が思っていること)について
言いたい放題の誹謗中傷。

その裏にあるのは嫉妬です。
すごいデザイナーという強者への嫉妬。

批判しているのは末人、弱者です。
弱者はしかし
強者の前に1対1で向かうと
あっという間に敗北してしまいます。

デザイナーさんに、面と向かって一人で
批判してみな

といってもできないですよね。
もちろんデザイナーさんのバックボーンなんかを考えたら
弱者である彼に太刀打ちできないようなコネクションもあるだろうことは
簡単に想像できます。

そもそも名誉棄損で訴えられたら
年収たかだか知れている弱者に裁判その他を耐えきれるのか??

とかね・・・

ちなみにその弱者が一人でも太刀打ちしていくのであれば
もちろん彼は弱者ではありません。

彼は匿名であること
自分は正しいこと(悪を批判)しているという自己欺瞞に陥っていること

が特徴ですね。

しかしこれ、彼の本当の心からの意見ではなかったりします。

だって騒がれる前は、デザインに対して興味なんかなかったんですからw

彼の主張は「大勢が批判しているから」に論拠しています。

大勢が言うことが正しい

という民主主義の申し子だからですねー。


もし大勢の意見が
日本の国民全員で彼のデザインを守る!という姿勢だったら
彼らの標的はイタリアのデザイナーさんだったり、
日本のデザイナーさんを悪く言う人だったりします。


行きすぎの批判が問題になってきた昨今、
批判者を批判する方の意見も出てきましたが
これも結局大勢に乗ってるだけですよね。

〈もちろん当初から彼を擁護した発言をしている人も
いるでしょうけれど)


こういう炎上状態のときにすべきことって
実はそれについては語らないこと、というのは当然ですよね。
だって真偽はわからないんですから

大騒ぎしないであげるのが一番だと思うんですけど



ここまでで、同感する部分、ありました???


さてニーチェの本領はここからですw


そう思う、と思ったあなたもまた
末人でしかないからです。

もちろん私もです。ここにこうして書いている時点でw

皆の大騒ぎに、いいね、したり意見したり
そういう騒動に(このブログも含め)巻き込まれていることを
ヨシとしているようなその姿勢

賛成にしても反対にしても、
その根底にあるのはある種の暇つぶしみたいなもんです。
どっちにしてもあなたに被害は全くないんですから。

(実際彼を守るために行動している人もいるでしょうから
そういう人は当然別の話しですが)

いったいどれだけの彼を擁護する人が
あのロゴを採用しろ、と直接抗議したでしょうか?

それを思うと結局は
批判して大騒ぎしているのと大差ないということになります。


とか書かれてムカッときました?

その怒りこそが、あなたの自己欺瞞
もしかして・・・という最後の良心に触れた部分です。

どうでもいいひとはムカッともきません。
テレビもネットもいっさい見ない友人は、
このニュースも知りませんでした。
そういう人も実際いるわけです。


ちなみにそのことを批判しているわけではないです。
先に述べましたように、私もまた
その同じ穴の狢でしかないですから。

私みたいに蚊帳の外に立っているようにして
騒ぎをおもしろがってみているような人間も当然
末人の仲間です。


ただし
そのことに気づいてはいます。
その一点のみが違うところです。
それは、
自己欺瞞に陥っていないということにはなります。

まあ、ただそれだけなんですけどねw


批判(賛否両方の)に乗っかっても乗っからなくても
生活になんの影響もないですからね。

あとは美学の問題です。
ニーチェは「趣味の問題」と言いました。

美学とは、自分にとっての高貴さみたいな感じです。

もちろん人それぞれなので

私みたいに、ロゴなんかなんでもいいじゃんー
なんなら昔の東京オリンピックのを再利用したらいいじゃんー

それで浮いたお金で、
貧しくて学校にもいけない日本の子供たちに少しでも回すとか
国債の借金に充てるとか
動物保護につかうとか
そっちの方が大事なことに思える

なんて思っているような人間は
むしろ批判対象なんでしょうねーーーw

(ああまた友達減るよ・・・)

美しく生きる。
それは、自分にとっての、でいいのですが。


だから行動や発言をする前に、少しだけ立ち止まるといいのです。
これは、自分の美学にあっている「いいね!」なのかどうかというのを。


・・・という選択さえまた
その人の美学によりますねw
だから
別にいいじゃん、自分に被害ないし

と思う、それがあなたの美しさなら
むしろ追求すべきとも言えるわけです。

という感じでニーチェの思想はぐるぐると循環するような構造になっています。



いかがでしたでしょうか。
思考のきっかけになれば幸いなのですが。


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