ロゴスの小径 〜心の空洞を埋める方法〜

やさしい「哲学」が世界観を変えます。「スピリチュアル」で幸せになれないような気がする方へ。

哲学と科学と宗教の違い

ロゴスの小径へようこそ。

 

中島義道氏の、『明るく死ぬための哲学』を読了しました。 

エッセイのようですが

特に後半は、哲学に親しんだ人ですと読みやすいです。

哲学の根本的な問いを

(つまり、答えのない問い)問わずにいられない人にはおススメだと思います。

 

印象に残ったのは

哲学と宗教の違い。

 

私は、宗教に帰依するのかしないかの違いで

根底は同じ、と思ってきました。

 

哲学で問うのは

 

なぜこの世界が「ある」のか

存在しているのか

 

というような答えのない問い。

 

そこに「神が創造した」と信じきれれば宗教となり得ます。

そして、神が創造した、と決めればもう思考は終わりです。

神様が創ったとわかれば、もう人間の根源を問わなくてもいいわけですし。

 

神が創造したという根拠(論拠?)を探し続けているのが哲学、のように

捉えていました。

 

まあこれも、細かく突き詰めるとこんなに簡単にはもちろん言いきれないのですが。

 

中島氏の著書によると

 

宗教には、「他人(人類)を幸せにする」という目的があるそうです。

なるほど!

 

もし宗教をうさん臭い、とか思われている方でも

それはわかりますよね?

 

幸せにしたいから布教するわけですし。

 

しかし哲学は

誰も幸せにしようとしていない。

 

確かにそうです!

 

そして科学。

科学ももともとのベースは哲学です。

もっと細かく突き詰めると、宗教も絡んでくるのですが。

 

しかし、科学と哲学が分離した現代

 

科学もまた、宗教同様、他者を幸せにすることを目的としていますよね。

それが本当に「幸せ」がどうか、という問題もありますが

 

とにかくよりよい暮らし、よりよい医療、は

人間が幸せになるために進んできたものですし。

 

そうか!

哲学は誰のためにもならないわけです。

そもそも答えはない。

 

でもこの世でたった一人だけ役に立つ人がいます。

 

それが

「自分」

ですね。

 

誰かのためにならなくても

自分のためになる。

正確には、自分のために「なる人もいる」。

 

というか、自分のためになるから思考するわけではなく

それをしないと生きていかれない、というくらいの

強いどうしようもない衝動から、というのが正解かもしれません。

 

哲学しなくても人は生きて行けます。

 

人間が存在する意味など、考えても答えは無いし

考えてもお金にもならないし幸せにもなれないわけですw

 

つまり

そんな無駄なことを考えない人こそが「正常」と言えるそうです。

本当にそう思います。

 

でも、ごくごく一部の人間には

この思考だけが自分を救うというか

そういう手段だったりするんですよね・・・。

 

こうすれば幸せになれますとか

 

そういうことで満たされない人は

哲学を知ってほしいなと思います。

そういう人に、知ってもらうということは

哲学が人のためになる、という道のような気がします。

 

だから人に伝えたくなってしまい

怪しげな宗教の勧誘のようになってしまいますがw

 

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